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五二  金持ちとこじきラザロのたとえ話



 イエズスさまはまた、つぎのようなたとえ話しもなさいました。

 ある所に一人の金持ちがいて、いつもりっぱなきれで造った身なりをし、食事には山ほどめずらしいごちそうをならべて、毎日ぜいたくに遊び暮らしていました。ところが、ラザロというこじきが、からだじゅうできものでおおわれて、いつもこの金持ちの玄関の前にすわり、せめてテーブルから落ちる食べくずでも食べたいと思っていました。しかしだれもラザロを見向きもせず、その上犬がきて、そのできものをなめて行くようなありさまでした。

 やがてこのこじきは死に、天使たちに連れられて、先祖アブラハムのふところに送られました。そのうち金持ちも死にましたが、地獄に落とされました。そしてひどい苦しみを受けながら、目をあげると、ずっと遠い所に、アブラハムとそのふところにいるラザロが見えました。

 そこで金持ちは、声をあげて叫びました。
 「父アブラハムよ、私を哀れんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、私の舌をひやさせてください。私はこの炎の中で、苦しみもだえています。」しかし、アブラハムは答えました。「子よ、思い出すがよい。おまえはこの世に生きている間よいものを受け、ラザロは悪いものを受けた。しかし今ここでは、ラザロは慰められ、おまえは苦しみもだえるのだ。そのうえ、私たちとおまえたちとの間には、大きな淵があって、こちらからそちらへ渡ることもできないし、そちらからこちらへ越えてくることもできないのだ。」


一 地獄へ行くのはどんな人ですか?

 大罪をもったままで死んだ人は、地獄へ行かなければなりません。


二 ただ苦しみばかり、楽しみは一つもない・・・。これが地獄の状態です。


三 何か悪いさそいに会ったときは、よく考えなさい。 「私はいつ死ぬかわからないのだ。そして、もし大罪をもったままで死ねば、必ず地獄に落とされる。」


    七つの罪源

一 このたとえ話しの金持ちは、悪い欲があったので、多くの罪を犯して、とうとう地獄へ落とされるようなことになりました。ですから私たちも、いつも悪い欲をおさえ、悪い習慣を直すように気をつけなければなりません。このように罪の源となる悪い欲やくせには七種類あり、これえお七つの罪源といいます。


二 七つの罪源とは、 1 高慢 (自分をえらいと思うこと)、2 物欲 (必要以上に欲張ること)、3 色欲 (みだらなことを思うこと)、4 ねたみ (自分よりすぐれた人をねたむこと)、5 貧食 (食いしんぼうなこと)、6 憤怒 (むやみに怒ること)、7 怠惰 (自分のつとめをなまけること)、の七つです。


三 悪い天使と、このお話の金持ちは、高慢でした。高慢な人は、自分が一番えらい者のようにいばります。

 イエズスさまの悪い弟子イスカリオテのユダは貪欲でした。貪欲な人は、何よりもお金や物をほしがってばかりいて、満足することがありません。

 ノアの大水の時の人々は、色欲の罪を犯したので、あのようなひどい罰を受けたのです。

 カインや、ヨゼフの兄たちは、兄弟が父からかわいがられているのをねたみました。ねたみの強い人は、他人の良いことや幸せをうらやんだり、そのために人を憎んだりします。

 このお話の金持ちは食いしん坊でした。貧食の人は、ただ味や楽しみだけのために、必要以上に飲んだり食べたりすることを好みます。

 カインは怒りっぽい人でした。怒りっぽい人は、ちょっとした事にでもすぐにのぼせて、乱暴をしたり人を傷つけたりします。

 前のお話のほうとう息子は怠け者でした。怠け者は骨折りをきらい、自分がしなければならない事さえもしません。


四 自分は高慢ではなかったろうか?おいしいおいしいと言っておなかをこわすほど食べたり飲んだりしたことはなかったか?つまらない事に怒ったりしなかったろうか?また、自分がしなければならない事を怠けなかったか?など、よく考えてごらんなさい。


五 七つの罪源にふれないためには、倫理徳を磨かなければなりません。


六 倫理徳にとんだ人は謙遜で物を惜しまず、貞潔を守り、情け深く、飲食を節制し、人にやさしく、自分の仕事を熱心にして、いつもよい事をしようとしています。


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