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三四 イエズス十字架をにないたもう
刑宣告を受けた者の所には一小隊の兵卒が残っていた。そこへさらに二十八人の武装したファリサイ人が行列を誘導するために馬に乗って広場にやって来た。かれらの中にはオリーブ山で主が捕らえられた時に居合わせた六人の狂暴な主の敵も加わっていた。獄吏は主を広場の中央に引いて行った。西側の門をくぐって五、六人の奴隷が十字架を運んで来た。かれらはそれを大きな音をさせながら主の足もとに投げおろした。十字架の両側の腕木は薄くて、縄ではばの広い重い幹に縛りつけてあった。くさびや、足台や十字架に継ぎ足すためにあとから作った木片は他の道具と共に数人の若者が持って来た。
十字架が主の前に置かれると、主はひざまずき、打ち伏してそれを抱き、三度接吻された。その時いよいよ始まる人類救済のため、感動的な感謝の祈りを低く唱えられた。しかし、獄吏たちは主を十字架から引き離した。うつむいていた主は、まっすぐにひざまずかれた。主は重い十字架を右の肩にやっとかつぎ、右手でこれを抱えた。わたしは天使が主に手伝っているのを見た。さもなければ主はとてもこの荷をにない上げることは出来なかったであろう。主はこの重荷の下に身を屈めてひざまずかれた。主が祈りをして居られる間に他の獄吏たちは二人の盗賊の背に十字架の幹からはずした横木をのせ、両手をしっかりとそれに縛りつけた。この木は少し曲がっていた。そしてはりつけの際はそれは幹の上端に固定された。さてピラトの騎兵隊のラッパが鳴り渡った。すると乗馬隊の一人のファリサイ人は荷を負わされ、またひざまずいて居られる主のそばに来て言った。「さあ、今となっちゃ、結構なお話もおしまいだ。さあ、みな、早くこいつを片づけろ。前身前身。」そしてかれらはイエズスを引っぱり上げた。かれらは十字架の下のはしに二本の綱を縛りつけた。二人の獄吏がそれを持って、十字架が地面にひきずらず宙に浮くように支えていた。四人の獄吏がまた主の帯から出ている四本の綱を握った。マントは主の上半身に縛りつけた。イエズスがこうして十字架をにない、歩み行かれる時、わたしは自分の犠牲に使う木を背負って山を登って行った、イザクのことを生き生きと思い出した。ピラトのラッパが鳴りひびき出発を知らせた。ピラト自身は市街の暴動を防止するため、一隊の兵士をひきいて出動の用意をした。かれは武装して、馬にまたがり、士官や騎兵隊に取り囲まれていた。これに三百人ほどの歩兵の一隊がつづいた。かれらはみなイタリアとスイス国境地方の出身者であった。
ラッパ手が一人この行列に先行して街の角々でラッパを吹き、処刑を声高々と叫んだ。かれの二、三歩うしろから子供や他のならず者の一群が続いた。かれらは飲み物、綱、くぎ、くさびやその他のいろいろの道具の入っているいくつかのかごを運んで行った。丈夫そうな召使いたちは棒、はしご、強盗の十字架の幹をかついで行った。はしごはただ数本の栓を差し込んだ一本の棒であった。そのあとみ乗馬のファリサイ人が続いた。次に一人年若い青年が来た。かれはピラトの書いた捨て札を胸にかけ、茨の冠を棒の先にひっかけて肩にかついでいた。かれらははじめ、手がそれをかぶっていては十字架をになえないだろうと思った。この少年はそう大した悪者ではなかった。
さてその次にわれらの主、救世主が重い十字架の下にかがみながら、疲れ果て、よろめき、さんざんにむち打たれた、たたかれながら続かれた。昨夜の晩餐以来主は食事も飲み物も取られず、また一睡もなさらなかった。そして死ぬほどの絶え間ない虐待のため、血を失い、その傷、熱、渇きの苦しみ、また言葉に絶する心の苦痛に主の疲れははや極みに達していた。主は傷ついたはだしのまま歩みを運ばれた。右手は重い荷をしっかりと持ち、左手で時々危うげな歩みを妨げる長い上衣をかき上げようとされた。おん手は長い間荒縄に縛られていたため、傷つき、腫れ上がっていた。お顔はみみずばれと血におおわれていた。髪やひげは乱れ、血がこびりついていた。重い十字架と綱が傷ついたお体の上から衣を押しつけ、毛織物は新たに裂けた傷口にぴったりとついた。このような苦しみの中でさえも、主は絶えず祈られた。十字架の根もとを綱でつり上げていた二人の獄吏は時々綱をひっぱたり、ゆるめたりして、その荷をかしげ主の苦しみを増した。
両側には槍を持った何人かの兵士が歩いていた。それから二人の盗賊が来た。かれらは一人ずつ二人の獄吏に腰縄で引かれていた。二人とも与えられた酒で少し酔っていたが、よい盗賊はまったくおとなしくしていた。悪い方の盗賊はこれに反してずうずうしく、怒ったり呪い散らしたりしていた。強盗の後から乗馬のファリサイ人の一群がつづいた。これが行列のしんがりであった。全道中かれらは一騎一騎あちらこちらに馬を走らせ、行列をせき立てたり、秩序を保ったりしていた。先頭に道具を運んでいた者たちの中にはそうしたことをするために自ら好んでこれに加わったふてぶてしいユダヤ人の青年の何人かがいた。
長い距離をおいてピラトの一隊が続いた。ここにも一人のラッパ手が先頭に立っていた。かれは騎馬であった。次に武装したピラトが馬で士官と騎兵隊に護衛されて前進して来た。うしろに三百人の歩兵が続いた。この行進はまず大広場に行き、それから広い道の方に曲がった。
イエズスは裏町の非常に狭い路地を引かれた行った。ユダヤ人はたいてい、あるいは家に帰り、あるいは神殿に行った。かれらは今朝あまり長い時間をむだにしてしまったので、過越しの羊をほふる準備を続けるために、急ぐのであった。しかし十字架の刑を見ようとしていた者はまだ大勢いた。かれらは急いで回り道をして先へまわった。そして行列を見るため、横町に立ち止まるのであった。イエズスが引かれて行った道はわずか数歩足らずの狭さで非常に不潔であった。主はここで非常な苦しみを受けた。窓や壁からあらゆる悪人たちが主を嘲った。何人かは主に汚いものや台所の芥を投げつけた。悪辣な者たちが主に黒ずんだいやなにおいのする汚水を浴びせかけた。子供らまでもおとなにそそのかされ上衣の裾に石を集め行列を突っ切って走って行き、悪口を言ったり、嘲ったりしながら、主の歩まれる所へそれをばらまいた。平素主に非常にかわいがられていた子供までがこんなことをした。